「Invisible Red」
Photography & Installation

可視光を撮影するセンサーと、近赤外線のみを記録できるようにしたセンサーを携えて、森で撮影する。
双方のデータの差分から画像を生成すると、活性の高い植物は他の要素よりも明瞭に画面に表れる。これによって、人間と植物の知覚の境界が可視化される。

人間の視覚と、植物のバイタルサインのダブルイメージにより、私たちの感覚に揺さぶりをかける試み。

These pictures are double images of visible light and infrared light.
I used one camera to capture visible light, and another with a sensor,: which only captures infrared light, to photograph in the forest.
Images are produced by the “difference” between infrared and visible light.
Very active plants appear more clearly on the screen than other elements.
The resulting image shows the boundary between human perception and plant perception.

(Text by Akiyoshi Kitagawa 2023)

作品解説・松島肇

Invisible Red。この作品を初めて目にした時、衝撃を受けた。我々研究者がまさに求めていたものが目の前にあったからである。
それは「植物の息づかいの可視化」であった。
私たち動物と植物を比べたとき、多くの人が知覚できる大きな違いはその運動能力と応答機構であろう。
動物は自身の意思で素早く動くことができるのに対し、植物は基本的に動くことができない。せいぜい、太陽の方向にゆっくりと花首を向ける、刺激に応じて葉を閉じる、といったくらいであろう。そのため、植物が生き物であることは多くの人が理解できるものの、動物同様に呼吸をしていること、その息遣いに気づく人はほとんどいないのではないか。

植物の呼吸（ガス交換）は主に葉で気孔を介して行われ、光合成に大きく関わっている。光合成は葉緑素と呼ばれる色素体で行われているが、
この葉緑素は主に青色と赤色の可視光を吸収し利用する。そのため、利用されない緑色の波長光が反射されることにより、我々の目には植物の葉が緑色に見える。この際、葉緑素は熱に弱いことから、防御機構として、赤外領域の波長光も大きく反射することが知られている。

この特性を利用して、複数の波長帯を計測できるマルチスペクトルセンサーを用いてこれら特定の波長光の反射率を計測することで植物の光合成活性度を測ることができる。その結果は、ヒートマップとして可視化されるが、カラフルに塗り分けられた図からは活性度の高低は見分けられるものの、植物としての生命を感じることは難しい。
しかし、北川陽稔の作品「Invisible Red」は、「見えない赤＝赤外光」を頼りに、この活性度の高い部分を緑としてそのまま見せ、低い部分をあたかも霧に包まれ眠っているかの如く白くマスキングすることで、植物の中の動と静、すなわち、その息遣いを見事に表現し、可視化に成功している。

これは映像作品として優れているだけではなく、我々が扱う生物多様性や生態系の保全にとって、非常に重要な成功であった。地球上における生物多様性の劣化は年々進んでおり、人類の生存にとっても危険水域目前となっている。残念ながら研究者が多くの証拠を積み重ねてきたにもかかわらず、多くの人々の心にその危機感が伝わっていなかったのである。
現状を打破し、持続的な未来を築くためには、一人ひとりの気づき、意識の変革が求められている。

「Invisible Red」は、科学的データを人々の感性に働きかける映像へと見事に昇華し、
社会変革への確かな足掛かりを刻んでくれた作品である。

松島肇（まつしまはじめ）
北海道大学大学院農学研究院・講師、博士（農学）
専門は緑地計画学／景観生態学。グリーンインフラとしての身近な自然生態系の保全や整備、復元活動を地域社会とともに行うことで社会変革を促し、危機的状況にある生物多様性や生態系が回復できる持続可能な社会の構築を目指している。

写真作品
Still Photo

札幌芸術の森美術館　札幌美術展「昨日の名残、明日の気配」（２０２３年１月）にて、本シリーズから約５０点のプリントを展示。合わせて、鑑賞者の動きに反応するインスタレーション「Imitation of Plant Ecology」を制作した。
（Programmer：Motohiro Sunouchi）

インスタレーション
Installation